目が覚めると、隣に若い可愛い女の子が、座っていた。
「ワシと同じで、歪の世界に飲み込まれおって、こんな姿だが、ワシが誰だか分るじゃろ」
女の子にしては、おかしな言葉使いであり、違和感を感じた。

「もしかして、おじいさん?」
そうか、祖父も同じで、その女の子の姿と等価交換儀式をやんだと思った。
「そうじゃ、俊治じゃ。資料にも書いておいたが、なんで、2回も同じ式文字を使い続けて儀式をやった?」
「式文字って、あの変な模様のような文字の事?、でも2回続けては、やってないよ」
「あの文字の事じゃ。2回といのは、そういう意味じゃない。全く同じ式文字の呪文を使って、2回目の儀式をやったじゃろ。だから、ここに来ておるのだろうが」
「えっそういう意味だったのか。あたしの勘違いだったのね・・・。そうだ、それより、あたしは、死んだ事になるの?」
あたしは、そう言いながら、周りを見渡した。夢で見るように、全てが薄ぼんやりだが、今まで居た祖父宅のフローリングの床に寝ていたようだ。
「いや、そうじゃない。歪の狭間の世界に飲み込まれたんじゃ。ここは、言わば、時間に束縛されない精神エネルギーの世界というか、高みの世界なんじゃ」
「ここが・・・歪の狭間の世界? 現実の世界がボケて見えるんだ。本当に引き戻せない事をしてしまったのね」
「そうだ。その異世界じゃ。じゃがな、現実のものは、ボケて見えるが、触る事は出来んが、見る事はできる」
「本当だ! 壁が素通りして、手が入っちゃった。じゃあ何も出来ないのと違う? たとえば、食事とか・・・」
「ここは、時間に束縛されないから、年もとらないし、お腹もすかない」
「なんか、つまんないのね」
「でも、覗きは、やり放題じゃぞw」
「俊亜季、お前は、意識まで浸食されてしまったようじゃな」
「えっ! あたしは、何も変わってないけど・・・何か変なの?」
「俊亜季、自分の事を、何と呼んでる? 俺とか、僕とかじゃないじゃろ」
「えぇっ! うそ! ちゃんと、あたしは、あたしって言ってるじゃない・・・・えっ!違う。何これぇ!」
あたしは、自分では“俺”と言ったつもりだったが、何故か、違っていた。
「別に怖がる必要はない。何れは、歪というのは違和感のない状態に近付いていくものじゃ。それが、早かっただけの事だ」
「そ・・そう・・そうよね。怖がる事はないのかもしれないわね。これが、違和感のない自然の流れだもんね。女の子だし、変じゃないもんね・・・」
自分自身に言い聞かせて、少し安心した。
「今は可愛い美少女だしww、その顔と言葉は、合ってるから良いんじゃないか」
「美少女だってw恥ずかしいww。 そう言えば、おじいさんは、言葉と身体のギャップが大きくて、変よww」
「お前と違って、女性になった直後に、この異世界に来たからのう。変化が追い付いてないんじゃ。まあ、現実の世界に戻れば、身体にあった状態になるじゃろww」
「えっ!現実の世界に戻れるの?」
「あぁ、戻れる。お前が、資料を箱に戻して封印してくれたおかげで、なんとかなりそうじゃ」
「どういうこと?」
「あの箱を封印すれば、その中の物は、異空に入るので、この歪の世界で実体化できるんじゃ」
「じゃあ、なんで今まで戻らなかったの?」
「ワシも最初は分からなかったんじゃ。この世界で戻る方法を研究しておってな、ようやく完成しそうな時に、お前が資料の箱の封印を解いてしまってな、資料がこの世界で、見れなくなってしまったんじゃ。しかし、そのおかげで、お前の素行を楽しめたがなww」
「えっ! もしかして、あたしが、恥ずかし事をしてるのも、全部見てたの?」
「こちら世界は、現実の世界の観察だけは出来るからな。退屈しのぎなって面白かったよww」
「きゃぁ~、は、恥ずかしい・・・・いや~ん」
あたしは、顔を手で覆って俯き、恥ずかしくてやりきれなかった。
「じゃあ、すぐに戻れるのね」
「いや、お前は、まだダメじゃ、先程儀式をやって間があいてないから、精神エネルギーが足りないんじゃ」
「じゃあ、どれぐらいかかるの?」
「最低でも1週間以上は、かかるじゃろ」
「よかった。もっと掛かるかと思った。そうだ、何で、おじいさんは、その姿なの?」
「ちょっとな・・・・・」
祖父は、照れくさそうに、頭をかきながら、笑った。
「この身体の元の持ち主は、町で不良に絡まれてるの助けて以来の親友というか、知り合いなんじゃ。その娘が、交通事故にあってな病院に運ばれたんじゃが、手遅れで、もう助からないと医者が宣告したもんじゃから、その娘を助けようと思ってワシの身体と交換したんじゃ」
「でも、おじいさんは、生きてるよね」
「本来なら身体が入れ替わって周囲の認識は、そのまま、その娘のままで残ると思ったんじゃが、ワシも不思議じゃったんじゃが、身体の組成だけが入れ替わっただけで、環境が変わって無いからじゃと思って、環境を変えるべく、その娘と存在そのものを交換しようと思って、性別概念の交換をしたんじゃが、結局、変化の甲斐無く、あの娘は、亡くなったんじゃ」
「可哀そうに・・・」
「あの時は、急いでたのでな、性別概念の等価交換儀式を以前にやっておったのを忘れていたんじゃ。それで、この異世界に飲み込まれてしまったんじゃ」
「そうだ。性別概念の等価交換をした時に、思った以上に、あたしを含めて周囲が、変わったんだけど、どうしてかな?」
「それはな、概念という、あやふやな物じゃからじゃよ。身体のように物体であれば個別に確定できるが、概念という環境だと確定しにくいから、儀式の最中に、こうなってればいいなと思った内容が、優先されて、反映されたんじゃ」
「へぇ~、ちょっと、やっかいなものだね」
「特に概念を扱う大きな歪は、自然の成り行きで、変化して、周囲に適応されてしまうから、慎重に念を送る必要があるんじゃ」
「へぇ~、もうひとつ、疑問があるんだけど・・・」
「なんじゃ?」
「あたしは、最初にやった身体交換は2日近く意識が無かったけど、最後にやった身体交換は数時間程で意識が回復したし、体力の消耗もなかったんだけど、なぜかなあ? 精神エネルギーの消耗度合いだったら同じじゃないの?」
「歪は、自然に対して逆らう事なんじゃ、それが、最後の交換は、身体と概念が一致する方に戻すことだから、自然の戻す力が違和感解消に後押ししてくれたんじゃろうな」
「そうだったんだ。慣れのせいじゃなかったのね」

あたしは、おじいさんに、呪術について、いろいろと教わっていた。

そうしている時に、現実の世界において、玄関がいきなり開いて、お母さんが、入ってきたのが、見えた。
「お母さん、どうしよ」
あたしは、咄嗟に逃げようとした。
「大丈夫じゃ、あちらから、こっちの世界は見えないし、触る事もできん」
あたしの横を素知らぬ顔で、お母さんは横切っていった。

「俊亜季、それで、どうする?」
「どうするって?」
「元の世界に戻るにしても、長い期間留守にする訳にいかんじゃろ。それと、親と喧嘩したままじゃろ」
「一応、皆にはメールと置手紙で連絡してあるから大丈夫だと思うけど・・・やっぱり、心配するよね」
「ワシが先に帰って、皆に心配しなように、言ってやろうか?」
「ありがとう。でも・・・お父さんとお母さんが・・・」
そうなのだ。今先程から、現実の世界において、お母さんが置手紙を読んで、玄関から飛び出して行ったのだ。
「ワシが、誰の父親か知っておるだろ。息子の弱みなど、こころえとる。安心せい」
「ありがとう」
あたしは、泣いて喜んだ。

「そう言えば、おじいさんが居なくなって、10年以上も経つのに、その娘の年齢からいくと小学生になってしまいそうなんだけど・・・でも、その姿じゃ、誰も知らないんじゃない?」
「そうか、そうだよな。ここの世界は、時間に束縛されないんじゃ。だから、ワシが性別概念を変更した直後に、ここの世界に来たからな、部分的にしか環境が変わってないが、でも大丈夫じゃ、性別概念を交換する時に、お前の父親の娘であればいいと念を送ったから、だぶん帰ると止まっていた、その環境変化が始まるはずじゃ」
「でも何だか、その身体だと、あたしより、年下になっちゃうねww」
「たぶん、そうなんじゃないかな」
「え~、おじいさんが、妹になるのぉ~、何かへんだよぉ」
「俊亜季お姉様ぁ、私が妹になるのが、嫌なのなのね。私、悲しい・・・」
「もう、変な小芝居は、やめてよねww」
「そうだ、名前は俊春になるけど、私の事は、これからは、通称のハルって、呼んでね」
「わかったわよ。好きにしてww」
「うん。好きにさせてもらう~」
これを見てると本当に祖父なんだろうかと疑いたくなってくる。

おじいさんは、現実の世界に戻る準備を始めた。
「どうやって、もどるの?」
「歪の世界から、現実の世界に仮想の新しい自分の身体を創りだして、そこへ、ワシの精神エネルギーの身体と現実の身体を等価交換すれば、戻る事ができるんじゃ」
「新しく、自分の身体を作る?」
「そうだ。一瞬でいいから、一時的に歪ませて、現実の世界に同じ身体を仮想化できれば、その身体と交換できると言う訳じゃ」
「なんだか、難しそうね」
「まあ、やり方を、準備しながら、メモって置くから、後でゆっくり、理解すればいい」

・・・

「おじいさん、ありがとうね」
「おじいさんじゃないよぉ。ハルよ」
「ごめんw・・・ハル、お願いね」
「じゃあ、来週にでも、現実の世界で会おうね。俊亜季お姉ちゃんww」

祖父は、元の世界に帰る方法を書きとめて、あたしに渡してくれて、先に帰っていった。

たぶん、あたしが居なくなった事を適当にごまかしてくれるだろう。
あたしは、元の世界に帰るべく、精神エネルギーを蓄積して、その時を待ったのだった。

元の世界に戻って、あたしと妹のハルの、お話は、別の機会にでも、お話ししようと思う。

~ 等価交換儀式・始まりの章 おわり ~

次章の「等価交換儀式・姉妹の章」につづく・・・



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